ヤリナのペースに合わせて少し走る速度を落とし、元来た通路をたどっていく。
なにが起きてもいいように、あらかじめ銃を構えておいた。まだ監視者が待ち受けているかもしれないし、他の人間が襲いかかってくることも十二分に考えられる。
周りはすべて敵、そう思っておいたほうがよかった。
やがて内壁の崩れた部分が見えてくると、自然と緊張感が高まった。
だが、ヤリナは無言だった。つまり、センサーになんら反応していない――監視者はそこにはいなかった。
それに、人の数も全体的に少し減っているような気がする。見ればそこかしこに真新しい戦闘の跡が残されていた。
なにかが起きたのだ。そのなにかがどういった類のことかはわからないが、やはり油断はできない状況であることに変わりはなかった。
階段へ出たが、幸い他の誰かがいきなり襲いかかってくることはなかった。
皆、下へ向かうのに必死だった。
しかし、ヤリナが突然立ち止まり、思案している様子でその繊細な指先をこめかみに当てた。
彼女は、なにかの処理を内部的にしている際によくこの仕草をする。それか、センサーになにかが引っかかったかだ。
「ジェイル」
「どうした?」
ヤリナの目は、珍しく感情の色を示していた。そこにあるのは驚愕と動揺、そしてわずかな諦念だった。
「――〝破壊者(ヴァンダライザー)〟が来る」
その一言に、ジェイルは完全に言葉を失った。
破壊者。
それはあらゆる存在を吸収し、分子レベルまで分解する機械(マキーナ)。それにいったん捕らえられれば逃れる術はなく、物理的に消去されるしかない。
「位置は?」
「上方十五キロ。時速五〇〇キロくらいで落ちてくる」
ということは、もうほとんど時間がない。
急ぐしかない、急ぐしかなかった。
わずかな時間のロスも惜しいと、ジェイルはもう一度ヤリナを抱え上げた。自分の体力にも不安はあったが、気にしてなどいられなかった。
階段をひた走るものの、例の怪我の影響で思ったような速度が出ない。それでも、必死に階段を駆け下りた。
気配はヤリナの予測どおり、すぐに降ってきた。甲高い異音とともに光が乱舞し、〝それ〟が現れると同時に周囲の照明が一気に復活した。
車輪を横倒しにしたようなマキーナ。高速で回転を続けながら宙を漂っている。
その外輪部がいきなり広がったかと思うと、一定間隔に取り付けられた吸入口(ダクト)が開き、人々を壁や階段もろとも削り取っていく。
犠牲者は、悲鳴を上げる余裕すらなかった。破壊者の回転が速すぎて、ほとんど止まっているようにさえ見える。
「ヤリナ」
「うん」
ジェイルに抱えられたまま、ヤリナがしっかりと彼に掴まってその背中越しに銃(シオン)を構えた。
狙うは、回転の軸となっている中央部。不安定な体勢でも、安定装置(スタビライザー)の組み込まれた自動照準機構が正確にポイントする。
シオンから一本の光条が放たれた。それは狙いあやまたず、破壊者の中央部分、制御ユニットを貫いていった。
その途端、それは大きくバランスを崩し、激しく揺れながら平衡を失って奥の壁へと突っ込んでいった。
それでも回転の速度は落ちずに、壁材を問答無用に削りながらどんどんとくい込んでいく。
今が好機だ。できるだけ距離をとるために、階段を下りるというより落ちるようにして跳んでいく。
いつの間にか、破壊者の回転音や掘削音が消えていたが、すぐにまた耳をつんざくような警報が鳴り響き、直後、後方から轟音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「あれ――」
振り返ると、地下抗の壁の一部が崩落しはじめていた。破壊者が突っ込んだ部分ではない。おそらく、すでにこの〝構造体(ストラクチャ)〟そのものが脆くなっているのだ。
今度は前方で階段が数段分抜け落ちて人々が瓦礫とともに落下していくが、もはやどうしようもできなかった。
最悪のことは重なるものだ。動きをいったん止めていた破壊者が、自己修復を終え、再起動を開始していた。
もっと、もっと逃げなければならない。たとえ体力が尽きようとも、足を動かし続けなければ次はなかった。
背後から爆音が聞こえてきたのは、戦闘(コンバット)モードに移行した破壊者が回転を一時停止し、備え付けられていた火器で無差別攻撃を開始したためだった。
爆風がこちらまで届き、両の耳を熱くする。壊れかけた体でも、危険と恐怖をまざまざと感じる。
そして、それは現実のものとなった。二人のすぐ前方にミサイルが着弾し、大量の煙と瓦礫を周囲にまき散らした。
階段が――ない。三十メートルに渡って足場が抜け落ち、下方に暗い闇が顔をのぞかせている。
今この状況でこの狭間(はざま)を跳び越えるのは難しい。
他に手がないでもないが、それをやるのはリスクが大きすぎた。
「戦おう、ジェイル」
「ヤリナ……」
「逃げ切れる可能性が低いなら、戦うしかない」
彼女の目は静謐(せいひつ)で、その声音はまるで散歩を呼びかけるようなものだった。
だから、ジェイルも迷わなかった。
「わかった。そうしよう」
これが最後の戦いになるかもしれない、そんな予感を覚えながら銃の残りエネルギーをチェックする。
――あと三発。
荷電粒子銃は、その威力の代償として搭載エネルギー量が小さく、現状ではその再補充は不可能。全弾を確実に命中させるしかない。
予備の武器はいくつかあるものの、そのどれもが威力・精度の両面で不安があった。
ヤリナも、自らの銃〝シオン〟のグリップ部分にあるメーターを見つめていた。その表情にほとんど変化はないが、ジェイルには厳しいものに見えた。
「行けるか」
「うん」
ちょうど奴が来たところだった。砲弾やレーザーをまき散らしながら強引に接近してくる。
ジェイルとヤリナは、二手に分かれることはしなかった。
互いに限界、だから互いにサポートし合うしかない。
破壊者が目前に舞い下り、元の目的を果たそうというのか再度高速回転を始めた。
すかさず、ジェイルが貴重な粒子銃を一発放った。極度に加速された極小の弾丸が、一条のビームとなって飛んでいく。
それは破壊者の外輪部にぶつかり、無数の光条となって弾けた。
「ジェイル、そこではだめだ」
外輪部は異様に硬く、しかも高速で回っていることで周囲に空気の壁ができ、こちらの攻撃を阻害してしまう。
だが、ジェイルはもう一度同じようにトリガーを引き、そして同じように放たれた粒子が外輪部に当たった。
「ジェイル」
「いや、これでいい」
飛んできた弾丸をかわしつつ、ヤリナにはっきりと告げた。
「お前もあそこを狙ってくれ」
「――――」
「俺を信じろ。あの破壊者のことは……よく知っている」
ヤリナは半信半疑の様子だったが、それでも言われるまま自らの銃で破壊者の外輪部を狙った。
思ったとおり、そのほとんどが弾かれてしまうが、わずかな異変をヤリナの高精細な視覚は捉えていた。
――破壊者が揺れている?
しかも、少しずつ回転が遅くなっているような感じもする。
それは、気のせいなどではなかった。空気を切り裂く高音が徐々に鈍い音へと変じ、外輪部の一部が視認できるほどその速度は落ちてきた。
ヤリナは続けて銃を撃ち、ジェイルも武器を持ち替えて攻撃をひたすらに続けた。
だが、それをすればするほど、破壊者の搭載兵器による攻撃は逆に激しさを増していった。水平方向三六〇度に向けて、荷電粒子の雨が降りそそぐ。方々で悲鳴が上がり、ただの張りぼてのごとく人々が倒れていく。
だが、ジェイルもヤリナも攻撃をやめなかった、否、やめられなかった。もう、これしか他に方法はなく、ここであきらめたらなにもかもが失われてしまう。
いつの間にか、破壊者への攻撃は増えていた。周りの人々も、戦える者は武器を手に共通の敵に立ち向かう。
今ここで命を張るしかないと、誰もがわかっていた。
執拗に外輪部への攻撃をくり返していると、その回転音に交じって徐々に金属のひしゃげる音が聞こえるようになってきた。
だが、ジェイルたちも無傷ではすまなかった。飛んできた粒子の弾丸がいくつも体を貫通し、重要な核となる部分を破壊されないのが不思議なくらいだ。
それでも、先に限界を露呈したのは相手のほうだった。
破壊者の回転速度が明らかに落ちてきた。外輪部が弾けて壊れ、広がった部分が空気の抵抗をもろに受ける。
物体の動くスピードが速ければ速いほど、それが受ける抵抗は大きくなり、回転のためにより多くのエネルギーが必要になる。高速回転を前提に設計されたものだからこそ、空力(くうりき)を考慮した外装がいったん壊れればその反動は大きかった。
――これでいい。
破壊者の異変に、ジェイルだけは驚いていなかった。外輪部の表面がはがれたなら、その後どうなるかのデータはすでに持っていた。なぜなら、あれは――
「ジェイル!」
ヤリナの声にはっとする。それは、これまでほとんど聞いたこともないほど切迫したものだった。
傾いた破壊者が、弾丸やエネルギーを使い果たしたらしく攻撃を終えていた。
全体のバランスが完全に崩れたようで、大きく揺らぎながらいくつかの照明装置が不規則な明滅をくり返している。
その破壊者の自壊が始まった。
外輪部から順にばらけていって、それを支える輻(スポーク)部分、そして中央制御ユニットと続いていく。
今度は周囲に粒子の雨ではなく、巨大な鉄くずの数々がまき散らされ、階段に残っていた数少ない人々がその下敷きになり、遠心力で勢いのついた鉄片が地下抗の内壁に突き刺さった。
「ジェイル」
「行こう、ヤリナ」
破壊者の脅威は絶ったものの、この場にとどまっていては自分たちもあの無数のスクラップの犠牲となってしまう。飛来物を巧みによけながら、下へと再び向かった。
しかし、
――おかしい。
ジェイルは走りながらも、内心首をかしげていた。破壊者に自壊するプログラムなど入っていないはずだった、少なくとも自分は入れていない。
いったい、誰がそれを書き換えたのか。それとも、自律機能がみずから変えていったとでもいうのか。
しかしジェイルの思考は、答えが出る前に妨げられた。
横からの突然の圧力に、なす術なく押し倒される。
見れば、自分の腰にひとりの女がしがみついていた。ひどく震えながらも、その細い腕からは想像できないほど強い力がそこに込められていた。
「離れてくれ!」
「いやッ、置いてかないで! 私を捨てないでッ!」
もうほとんど正気を保てていないらしく、独白のように同じ言葉をただくり返すだけだ。
その女が意外に大柄なのも災いした。肉体にどんなカスタムを施したものか恐ろしく重く、なかば壊れかけたこちらの体では引きずるのも難しい。
なにが起きてもいいように、あらかじめ銃を構えておいた。まだ監視者が待ち受けているかもしれないし、他の人間が襲いかかってくることも十二分に考えられる。
周りはすべて敵、そう思っておいたほうがよかった。
やがて内壁の崩れた部分が見えてくると、自然と緊張感が高まった。
だが、ヤリナは無言だった。つまり、センサーになんら反応していない――監視者はそこにはいなかった。
それに、人の数も全体的に少し減っているような気がする。見ればそこかしこに真新しい戦闘の跡が残されていた。
なにかが起きたのだ。そのなにかがどういった類のことかはわからないが、やはり油断はできない状況であることに変わりはなかった。
階段へ出たが、幸い他の誰かがいきなり襲いかかってくることはなかった。
皆、下へ向かうのに必死だった。
しかし、ヤリナが突然立ち止まり、思案している様子でその繊細な指先をこめかみに当てた。
彼女は、なにかの処理を内部的にしている際によくこの仕草をする。それか、センサーになにかが引っかかったかだ。
「ジェイル」
「どうした?」
ヤリナの目は、珍しく感情の色を示していた。そこにあるのは驚愕と動揺、そしてわずかな諦念だった。
「――〝破壊者(ヴァンダライザー)〟が来る」
その一言に、ジェイルは完全に言葉を失った。
破壊者。
それはあらゆる存在を吸収し、分子レベルまで分解する機械(マキーナ)。それにいったん捕らえられれば逃れる術はなく、物理的に消去されるしかない。
「位置は?」
「上方十五キロ。時速五〇〇キロくらいで落ちてくる」
ということは、もうほとんど時間がない。
急ぐしかない、急ぐしかなかった。
わずかな時間のロスも惜しいと、ジェイルはもう一度ヤリナを抱え上げた。自分の体力にも不安はあったが、気にしてなどいられなかった。
階段をひた走るものの、例の怪我の影響で思ったような速度が出ない。それでも、必死に階段を駆け下りた。
気配はヤリナの予測どおり、すぐに降ってきた。甲高い異音とともに光が乱舞し、〝それ〟が現れると同時に周囲の照明が一気に復活した。
車輪を横倒しにしたようなマキーナ。高速で回転を続けながら宙を漂っている。
その外輪部がいきなり広がったかと思うと、一定間隔に取り付けられた吸入口(ダクト)が開き、人々を壁や階段もろとも削り取っていく。
犠牲者は、悲鳴を上げる余裕すらなかった。破壊者の回転が速すぎて、ほとんど止まっているようにさえ見える。
「ヤリナ」
「うん」
ジェイルに抱えられたまま、ヤリナがしっかりと彼に掴まってその背中越しに銃(シオン)を構えた。
狙うは、回転の軸となっている中央部。不安定な体勢でも、安定装置(スタビライザー)の組み込まれた自動照準機構が正確にポイントする。
シオンから一本の光条が放たれた。それは狙いあやまたず、破壊者の中央部分、制御ユニットを貫いていった。
その途端、それは大きくバランスを崩し、激しく揺れながら平衡を失って奥の壁へと突っ込んでいった。
それでも回転の速度は落ちずに、壁材を問答無用に削りながらどんどんとくい込んでいく。
今が好機だ。できるだけ距離をとるために、階段を下りるというより落ちるようにして跳んでいく。
いつの間にか、破壊者の回転音や掘削音が消えていたが、すぐにまた耳をつんざくような警報が鳴り響き、直後、後方から轟音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「あれ――」
振り返ると、地下抗の壁の一部が崩落しはじめていた。破壊者が突っ込んだ部分ではない。おそらく、すでにこの〝構造体(ストラクチャ)〟そのものが脆くなっているのだ。
今度は前方で階段が数段分抜け落ちて人々が瓦礫とともに落下していくが、もはやどうしようもできなかった。
最悪のことは重なるものだ。動きをいったん止めていた破壊者が、自己修復を終え、再起動を開始していた。
もっと、もっと逃げなければならない。たとえ体力が尽きようとも、足を動かし続けなければ次はなかった。
背後から爆音が聞こえてきたのは、戦闘(コンバット)モードに移行した破壊者が回転を一時停止し、備え付けられていた火器で無差別攻撃を開始したためだった。
爆風がこちらまで届き、両の耳を熱くする。壊れかけた体でも、危険と恐怖をまざまざと感じる。
そして、それは現実のものとなった。二人のすぐ前方にミサイルが着弾し、大量の煙と瓦礫を周囲にまき散らした。
階段が――ない。三十メートルに渡って足場が抜け落ち、下方に暗い闇が顔をのぞかせている。
今この状況でこの狭間(はざま)を跳び越えるのは難しい。
他に手がないでもないが、それをやるのはリスクが大きすぎた。
「戦おう、ジェイル」
「ヤリナ……」
「逃げ切れる可能性が低いなら、戦うしかない」
彼女の目は静謐(せいひつ)で、その声音はまるで散歩を呼びかけるようなものだった。
だから、ジェイルも迷わなかった。
「わかった。そうしよう」
これが最後の戦いになるかもしれない、そんな予感を覚えながら銃の残りエネルギーをチェックする。
――あと三発。
荷電粒子銃は、その威力の代償として搭載エネルギー量が小さく、現状ではその再補充は不可能。全弾を確実に命中させるしかない。
予備の武器はいくつかあるものの、そのどれもが威力・精度の両面で不安があった。
ヤリナも、自らの銃〝シオン〟のグリップ部分にあるメーターを見つめていた。その表情にほとんど変化はないが、ジェイルには厳しいものに見えた。
「行けるか」
「うん」
ちょうど奴が来たところだった。砲弾やレーザーをまき散らしながら強引に接近してくる。
ジェイルとヤリナは、二手に分かれることはしなかった。
互いに限界、だから互いにサポートし合うしかない。
破壊者が目前に舞い下り、元の目的を果たそうというのか再度高速回転を始めた。
すかさず、ジェイルが貴重な粒子銃を一発放った。極度に加速された極小の弾丸が、一条のビームとなって飛んでいく。
それは破壊者の外輪部にぶつかり、無数の光条となって弾けた。
「ジェイル、そこではだめだ」
外輪部は異様に硬く、しかも高速で回っていることで周囲に空気の壁ができ、こちらの攻撃を阻害してしまう。
だが、ジェイルはもう一度同じようにトリガーを引き、そして同じように放たれた粒子が外輪部に当たった。
「ジェイル」
「いや、これでいい」
飛んできた弾丸をかわしつつ、ヤリナにはっきりと告げた。
「お前もあそこを狙ってくれ」
「――――」
「俺を信じろ。あの破壊者のことは……よく知っている」
ヤリナは半信半疑の様子だったが、それでも言われるまま自らの銃で破壊者の外輪部を狙った。
思ったとおり、そのほとんどが弾かれてしまうが、わずかな異変をヤリナの高精細な視覚は捉えていた。
――破壊者が揺れている?
しかも、少しずつ回転が遅くなっているような感じもする。
それは、気のせいなどではなかった。空気を切り裂く高音が徐々に鈍い音へと変じ、外輪部の一部が視認できるほどその速度は落ちてきた。
ヤリナは続けて銃を撃ち、ジェイルも武器を持ち替えて攻撃をひたすらに続けた。
だが、それをすればするほど、破壊者の搭載兵器による攻撃は逆に激しさを増していった。水平方向三六〇度に向けて、荷電粒子の雨が降りそそぐ。方々で悲鳴が上がり、ただの張りぼてのごとく人々が倒れていく。
だが、ジェイルもヤリナも攻撃をやめなかった、否、やめられなかった。もう、これしか他に方法はなく、ここであきらめたらなにもかもが失われてしまう。
いつの間にか、破壊者への攻撃は増えていた。周りの人々も、戦える者は武器を手に共通の敵に立ち向かう。
今ここで命を張るしかないと、誰もがわかっていた。
執拗に外輪部への攻撃をくり返していると、その回転音に交じって徐々に金属のひしゃげる音が聞こえるようになってきた。
だが、ジェイルたちも無傷ではすまなかった。飛んできた粒子の弾丸がいくつも体を貫通し、重要な核となる部分を破壊されないのが不思議なくらいだ。
それでも、先に限界を露呈したのは相手のほうだった。
破壊者の回転速度が明らかに落ちてきた。外輪部が弾けて壊れ、広がった部分が空気の抵抗をもろに受ける。
物体の動くスピードが速ければ速いほど、それが受ける抵抗は大きくなり、回転のためにより多くのエネルギーが必要になる。高速回転を前提に設計されたものだからこそ、空力(くうりき)を考慮した外装がいったん壊れればその反動は大きかった。
――これでいい。
破壊者の異変に、ジェイルだけは驚いていなかった。外輪部の表面がはがれたなら、その後どうなるかのデータはすでに持っていた。なぜなら、あれは――
「ジェイル!」
ヤリナの声にはっとする。それは、これまでほとんど聞いたこともないほど切迫したものだった。
傾いた破壊者が、弾丸やエネルギーを使い果たしたらしく攻撃を終えていた。
全体のバランスが完全に崩れたようで、大きく揺らぎながらいくつかの照明装置が不規則な明滅をくり返している。
その破壊者の自壊が始まった。
外輪部から順にばらけていって、それを支える輻(スポーク)部分、そして中央制御ユニットと続いていく。
今度は周囲に粒子の雨ではなく、巨大な鉄くずの数々がまき散らされ、階段に残っていた数少ない人々がその下敷きになり、遠心力で勢いのついた鉄片が地下抗の内壁に突き刺さった。
「ジェイル」
「行こう、ヤリナ」
破壊者の脅威は絶ったものの、この場にとどまっていては自分たちもあの無数のスクラップの犠牲となってしまう。飛来物を巧みによけながら、下へと再び向かった。
しかし、
――おかしい。
ジェイルは走りながらも、内心首をかしげていた。破壊者に自壊するプログラムなど入っていないはずだった、少なくとも自分は入れていない。
いったい、誰がそれを書き換えたのか。それとも、自律機能がみずから変えていったとでもいうのか。
しかしジェイルの思考は、答えが出る前に妨げられた。
横からの突然の圧力に、なす術なく押し倒される。
見れば、自分の腰にひとりの女がしがみついていた。ひどく震えながらも、その細い腕からは想像できないほど強い力がそこに込められていた。
「離れてくれ!」
「いやッ、置いてかないで! 私を捨てないでッ!」
もうほとんど正気を保てていないらしく、独白のように同じ言葉をただくり返すだけだ。
その女が意外に大柄なのも災いした。肉体にどんなカスタムを施したものか恐ろしく重く、なかば壊れかけたこちらの体では引きずるのも難しい。